私が会社を辞めるまで② 退職を伝えるタイミング
私が上司に退職の意思をはっきりと伝えたのは、18年の1月。
最終出社日が5月の16日になったので、実に4ヶ月前。
退職日が有給休暇の消化を終えて7月15日だったので、正式には半年前である。
これは、世間一般の平均と比べてかなり早いタイミングであると思う。
私の会社の規定では、退職届は1ヶ月前だし、世間一般の常識としても最低1ヶ月前だろう。
業務の引き継ぎであるとか、有給休暇を消化しきって退職したい場合は、3ヶ月前くらいがベストだろうか。というのが私の認識である。
ふつう、退職する側も、雇用側も双方「辞めます」という宣言があって以降の仕事は消化試合になると思うから、あまり退職宣言から長い期間勤務したく無い、あるいはさせたくないと考えるだろう。
しかし、私は6月末くらいのタイミングで退職させてください、と年始に上司に伝えた。
これには、できるだけ後任となる同僚や、会社に迷惑をかけたくないという想いからである。
1月は私の勤めていた会社の人事異動のタイミングである。
4月あるいは特に決まったタイミングはないという企業の方が多数だと思うが、12月が本決算となるため、1月と7月に配置換えが起こる。
1月に転勤を伴う異動を言い渡されると、ただでさえ忙しい年末年始の時間を休み返上で家探し、業務引き継ぎ、引っ越しと奪われて行くため働く方はたまったものではない。(私も数年前に名古屋から東京へ異動を言い渡されたのが12月の第1週だった)
1月1日付の人事異動に伴い、上司が変わることになった。
それまで全く会話したこともない上長である。しかし、私は会社に勤めて8年の間にすでに8回上司が変わるというエクストリームな人事を経験していたので、もはや慣れっこになっていた。
しかし、昨年の7月の時点で私は退職の意を固めていたので、それでも多少は面食らった。
着任早々、取引先への挨拶もままならぬうちに、新しくできた部下から「辞めます」という言葉は聞きたくないであろう。人柄の良さそうな、社内でも評判の良い上長の顔を見ていると憂鬱な気分になった。
しかし、ずるずると引き延ばすのはお互いにとって良くないと考え、初めての同行の日、私の担当取引先に挨拶に向かう道中で、私は覚悟を決めた。
「今年の6月までを一区切りとして、会社を辞めたいと思っています」
「えっ」
殆ど付き合いもない上司である。
年末に「来年からよろしくお願いします」と言葉を交わしたきり、殆ど会社から出ずっぱりで営業している私とは年が明けてからも顔を合わす機会すら殆どなかった相手である。
「俺も自分の部下が辞めるっていうのは初めての経験だからよくわからない部分も多いんだけどさ」
少し考え込んでからそう言って切り出すと、上司は落ち着いて話を聞いてくれた。
辞めたい、というのが「相談」というレベルなのか、「報告」というレベルなのかということ。
自分が何か会社に働きかけて希望なりを通せば会社に残ってくれる可能性があるかどうかということ。
正直、こちらの気持ちを汲みつつも、私が働き続けるために自分に何かできることがないかどうか可能性を検討してくれるという100点の回答に最後の上司が良い人で良かったと感じた。
ただ、結論は変わらない。一度抜いてしまった刀は振り下ろすのみ。私の中での「退職トリガー」は前年の時点で引かれていたので、辞める意思は変わらないということを改めて伝えた。
そして退職の時期を半年前という早すぎるタイミングで伝えた理由について。
それは、前年5月に退職していった自分のユニットの後輩の姿を見てのこと。
正直に言って、あまり出来の良くない後輩であった。意識ばかり先行し、芯の無さそうな物言い。ただ、良い師に恵まれなかったが故にそうなってしまったのだろうと感じさせる後輩だった。
それまで50代の枯れ果てた窓際のおじさん達が集まる部署に配属され、たった一人の若手として頑張ってきた彼は、周囲の人間がダメ、という相対的な理由から実力以上の評価を得ていた。
しかし、そこで得た評価もあって私のいるチームに配置換えになった途端、成果を出せなくなった。引き継ぎによって、彼のこれまでの仕事ぶりが実際はあまり良いものではなかったことも露呈した。
ただ、彼はみんなが「右」と言うところで一人だけ「左」と言うことのできる人間だった。
私はこれを、重要な人材が持つ素質だと考えている。
周りに流されるだけ、周りと同じことを言うことしかできない人間が、何かを成し遂げることはできないからだ。
実力は後から身につければいい。自分が信じたことを周囲の反対を押し切って主張できる能力というのは、この同調圧力の強く、サイレントマジョリティーの多い日本という国では貴重な能力である。あとは判断が正しい方向に向かうよう知識なり経験は積めばよい。
彼は原石だが、彼は良き先輩に恵まれなかっただけなのである。
しかし彼が私の近くに来て間もなく、転職するので辞めたいと言い出したので私は少し寂しい気持ちになった。
彼の良い所を引き出してやれる人間に、自らがなってやれればと思っていたからである。
側から見れば逃げともとれる転職で、あまり良い送り出され方をしなかった彼だが、兎にもかくにも私は至近で会社を辞めていく境遇の人間をこの目で見ていたのである。
彼は世間一般の常識に則り、1ヶ月以上前には退職の意思を上司に伝え、会社を辞めて行った。
しかし、彼の去り際、はっきり言うと我がユニットはめちゃくちゃバタバタし、後任を任された中堅の先輩はめちゃくちゃしんどい思いをしたのである。
この世に引き継ぎが十分に行われる会社と言うのは存在するのだろうか?
私はまだ1つしか会社を見たことがない人間なので、所詮自分の勤めた会社での経験でしか物が言えない、考えられない人間である。
しかし、ちょっと大丈夫かと思うほど、私が勤めていた会社の引き継ぎは不十分だった。
通常のスケジュールで、7月または1月の異動の際、いわば予定されている人事異動の折でさえ、業務の引き継ぎはテキトー至極なのが慣習である。
そこにイレギュラー要素である、退職という要素が放り込まれれば混乱するのは当然。
何しろ、「退職する」ということは「後からやってみてわかんないことでて来たら聞いて下さい」というのが通用しないのである。
それに人事異動のタイミングとは異なり、後任となる代わりの人材があらかじめ決まっているわけではない。それを無理やり、余剰の人員などないところから引っ張ってくるのである。どうしたってタイミングが必要だ。
プロ野球というのはよくできたシステムである。
スタメン以外に、ベンチに入る人員が認められ、先発のピッチャーが苦しければブルペンで中継ぎが肩を暖め、アクシデントで怪我をする選手があれば同じポジションを守れるチームメイトが穴を埋めてくれる。
会社の仕事もこのくらいスムーズに控えと交代できれば、産休、育休はおろか有給取得も容易いだろう。まあ、そんなに余剰人員を抱えるくらいなら利潤を求めるのが企業の論理ではあるけれど。
そんなこんなで、普通のスケジュールに則っても綺麗に引き継ぎなんかできるわけがないからと思い、めちゃくちゃ余裕のある日程で私は退職の意をお伝えしたわけである。
と、ここまでが前置き(長すぎ)
熱い想いを持って、後からバタバタせぬよう6ヶ月前に退職宣言をしたが、後任が正式に決まったのは最終出社日の3週間前、引き継ぎ期間は10営業日くらいと、1ヶ月前に宣言した後輩と全く変わらなかった。
関係者全員めっちゃバタバタしてろくに引き継げぬまま終わるという何ともモヤモヤした結果になってしまったのである。
まさしく言い損。出来たのはみんなの心の準備くらいである。
結論
企業の慣習や体質はなかなか変わらないので、自分の好きなタイミングで言うのが良い。
「辞める会社の事なんか知らねーよ!」と言うスタンスで好き勝手するのはポリシーに反するので、最大限親切なタイミングを考えて実行してみたが、結局何にも変わらなかったと言うのが事の顛末である。
後に残ったのは無力感。もちろん、上司や後任には感謝はされたけど、それこそ結果が出せなかったら意味ないよね。。。